認知症と診断されてはいないものの、認知機能が低下してもの忘れの頻度が多くなることを軽度認知障害(MCI)と呼びます。MCIは、健常者と認知症との間のグレーゾーンを指す状態であり、症状が進行して認知症を発症するケースもあれば、認知機能を取り戻せるケースも存在します。
認知症は進行性の症状ですが、MCIの段階であれば健常な状態に回復させることが可能なので、早期発見・早期治療によって認知機能を回復させることが重要になります。
本記事では、軽度認知障害(MCI)について、認知症との違いや兆候・チェック方法についてご紹介します。
軽度認知障害(MCI)とは?
軽度認知障害(MCI)とは、認知症ではないが、健康な時と比べて認知機能が低下している状態を指す言葉です。
認知症の一歩手前の状況であり、日常生活に大きな支障はありませんが、そのまま放置してしまうと認知症に進行してしまう性質があります。
適切な予防を行うことで健常な状態に回復する可能性もあるため、早めの対策が重要になる段階であるとも言い換えられます。
MCIは健常者と認知症の中間状態
MCIは、1年で5%〜15%が認知症へ進行するとされていますが、1年で16%〜41%は健常な状態に戻ることが判明しています。
認知症は進行性の症状であり、一度発症すると根本的な解決策はありませんが、MCIの段階では認知機能の回復が見込めることが特徴となっています。
MCIの定義
MCIの定義・診断基準にはいくつかの考え方がありますが、代表的なのは1995年の論文でロナルド・C・ピーターセン博士らによって提唱された、以下の定義です。
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- 以前と比較して認知機能の低下がある。これは本人、情報提供者、熟練した臨床医のいずれかによって指摘されうる。
- 記憶、遂行、注意、言語、視空間認知のうち1つ以上の認知機能領域における障害がある
- 日常生活動作は自立している。昔よりも時間を要したり、非効率であったり、間違いが多くなったりする場合もある。
- 認知症ではない。
噛み砕いて定義するとすれば、「日常生活は送れているが、本人や家族によってもの忘れを指摘されることが多くなった状態」と言えるでしょう。
65歳以上の方々のうち、MCIの方の割合は15%〜25%という推計もあるため、65歳以上の方で最近もの忘れが多くなってきたように感じる場合には、MCIを疑った方が良いでしょう。
MCIの原因
MCIを引き起こす原因には、アルツハイマー病や脳血管障害などが考えられますが、患者様一人ひとりによって考えられる原因は異なります。最も大きな原因と考えられているのがアルツハイマー病で、「アミロイドベータ」と呼ばれるたんぱく質の脳への蓄積によって発症することがわかっています。
このアミロイドベータはMCIの段階から蓄積が始まっていることが多く、アミロイドベータが増えるにつれて脳の神経細胞に障害を起こし、認知機能の低下が顕著になります。
MCIと認知症との違い
アルツハイマー病によるMCIと、アルツハイマー型認知症に移行した後の段階を比較すると、大きな違いに挙げられるのは自立した日常生活を送れるかどうかという点です。
MCIの段階では、認知機能の低下がみられるものの日常生活への支障はなく、一人でも問題なく日常生活を送ることが可能です。しかし認知症を発症すると、食事・入浴・トイレのほか、家事・金銭管理といった動作に障害が発生し、家族や周囲の方からの支援がなければ日常生活が困難となります。
MCIの初期症状
MCIの初期症状としては、以下のような言動が挙げられます。
- 何度も同じことを質問したり、何度も同じことを話したりする
- 置き忘れや探しものをする頻度が多くなった
- 慣れ親しんだ家事・作業に時間がかかるようになった
- 社会的にインパクトが大きな最近のニュースの記憶が曖昧になっている
- これまで楽しんできた趣味・人付き合いを避け、外出が億劫がるようになった
こうした兆候に当てはまる項目がある場合、本人の自覚なくMCIが進んでいる可能性も考えられます。
MCIはそのまま放置すれば認知症へ進行してしまう可能性がある一方で、適切な治療や認知機能トレーニングに取り組むことで、健常な状態に回復することも可能です。
そのため上記のような言動がみられた時には、早めに「もの忘れ外来」を設置する精神科など、専門病院を受診するようにしましょう。
MCIの兆候・チェック方法
認知症を発症すると、日常生活に影響するレベルのもの忘れ・記憶障害が起こったり、自分が置かれた状況が認識できなくなる見当識障害が起こったりすることもあるため、周囲の方がすぐに気づくことも多いです。
しかしMCIの段階では、日常生活に支障がないため、早期発見が難しい傾向にあります。
MCIもしくは認知症の初期症状の一つとして「もの忘れ」が挙げられますが、高齢者の方の中には加齢によってもの忘れが進むケースも多いです。
そのためMCIや認知症によるもの忘れなのか、加齢に伴うもの忘れなのかが判断しにくいことも早期発見を遅らせる原因の一つです。
加齢による「もの忘れ」とMCI・認知症による「もの忘れ」の違い
MCIや認知症によるもの忘れは、直近の出来事であっても忘れてしまうケースが多く、新しいことを覚えられないという特徴があります。食事をしたこと自体を忘れてしまい、「まだ夕食を食べていない」と家族に催促する言動もみられます。自分が過去の出来事を忘れていることを自覚できていないのも特徴です。
一方で加齢によるもの忘れは、過去に体験した出来事については覚えているが、細部を思い出せないケースが挙げられます。たとえば、昨日の夜に夕食を食べたことは覚えているが、具体的なメニューが思い出せないといった場合です。本人にとっても自分が何かを忘れているという自覚があるのが特徴です。
こうした加齢によるもの忘れではなく、MCIや認知症の初期症状としてのもの忘れがみられるかどうかをチェックすることにより、診断・治療が必要な状態かどうかを判断することができます。
すでに認知症へ進行していた場合にも、早期発見・早期治療によって症状の悪化を遅らせることが可能なので、「もしかしたら認知症かも?」と思った段階で早めに病院へ受診するようにしてください。
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MCIから認知症への悪化を防ぐ方法
MCIは認知症の一歩手前の状態と言えますが、認知症を発症している段階ではないため適切な予防・治療によって健常な状態に回復することが可能です。ここではMCIから認知症へ進行しないためにできる3つの対策についてご紹介します。
- 生活習慣病の予防・治療
- 運動習慣を取り入れる
- 早期発見・早期治療を心掛ける
これらのポイントについてそれぞれ解説します。
生活習慣病の予防・治療
MCIや認知症の発症には、糖尿病・高血圧・脳卒中といった生活習慣病が大きく関わっていることが判明しています。
生活習慣病を発症、もしくは悪化することにより認知症の発症リスクが高まるため、日頃から予防・改善に努めることが大切です。
すでに生活習慣病を発症している場合には継続した治療を、そうでない場合にもバランスの取れた食事を心掛けながら、生活習慣病の予防に取り組むようにしましょう。
食べ過ぎによる肥満や塩分・糖分の摂り過ぎに注意し、喫煙・飲酒を控えることが効果的です。
運動習慣を取り入れる
MCIを改善して認知症を予防するためには、運動習慣を取り入れることも重要です。特に散歩や水泳といった適度な有酸素運動を取り入れることは、認知症予防に効果があることが判明しています。
これは運動によって脳への血流量が増加し、神経細胞を増やす働きがあるためです。認知機能低下を引き起こす原因の一つである、うつ症状を予防・改善できる効果もあります。
運動習慣を通じて他者とのコミュニケーションを取ることも脳の活性化につながり、認知症予防の効果が期待できます。MCIの段階では、外出したり他者とコミュニケーションを取ったりすることが億劫になるケースも多いですが、なるべく自宅で一人きりで過ごすことなく、地域のコミュニティなどに参加してみると良いでしょう。
早期発見・早期治療を心掛ける
MCIから認知症へ進行することを防ぐためには、MCIの早期発見・早期治療を行うことも欠かせません。認知症の専門医による認知機能トレーニングや薬物療法を受けることにより、MCIを改善し、認知症の進行を遅らせる効果が期待できます。
そのためMCIの兆候や認知症の初期症状に当てはまる言動がみられる場合には、早めに「もの忘れ外来」を設置する精神科などを受診することが大切です。
本人が受診を拒否する場合には、まずはかかりつけ医に相談したり、家族の方が利用できる「もの忘れ相談」を受け付けている病院に問い合わせたりすると良いでしょう。
まとめ
軽度認知障害(MCI)は、健常者と認知症の中間状態であり、認知症の一歩手前の段階です。そのまま放置すれば認知症を発症してしまう一方で、適切な治療を受けることによって健常な状態に回復することも可能です。
MCIから認知症へ進行してしまうことを防ぐには、生活習慣病の予防・治療を継続したり、運動習慣を取り入れたりすることも欠かせません。MCIの早期発見・早期治療を行うためにも、「最近もの忘れがひどい気がする」「もしかして認知症?」と感じた段階で、早めに「もの忘れ外来」などを受診するようにしてください。