当院は秦野市にある単科の精神科病院である。内科の常勤医が2名在籍していることが特徴で、精神科の医師が身体合併症の診療に苦慮することなく精神疾患の診療に当たることができる体制となっている。しかし医療機材については、他の精神科病院と大差がないかそれ以下であろう。人工呼吸器などは無論なく、酸素のパイピングがなされた病棟はダウンサイジングの流れで休床状態となり、酸素投与が必要となった患者には、ボンベを運んで対応している。
さてこの度、令和2年9月発刊の神奈川県医師会報に寄稿された、横浜甦生病院院長である澤田傑先生ご執筆の「新型コロナウイルス院内クラスターを経験して」を拝読し、正直、衝撃を受けた。幸い、令和2年11月現在、当院での発生はないものの、今後当院で発生した際の想定について述べてみようと思う。
今でこそ「精神科医療に係る神奈川モデル」が制定され、精神疾患と感染症の重篤度により対応する病院の区分がなされているものの、当初は体系的な枠組みがほとんど構築されていなかった。そのような状況の中、当院の勤務医がダイヤモンドプリンセス号で診療に携わり、誠意を持って事実を報告してくれるまで、私は新型コロナウイルスを他人事のように思い、身近に意識することはなかった。しかし、それを機に①休床している病棟をコロナ病棟として使用する事②アビガンの治験への参加③コロナ病棟に入る職員の人選などを考え始めた。
①については担当医を誰にするかが問題となった。様々な意見があったが、総合的なバランスを鑑みて私自身がする事に決めた。病院幹部には、私に万が一の事があった場合の後処理を伝え、保健所には(精神保健福祉法では絶対に認められない)集団隔離の可能性もあるので、その時は相談したいと口頭で報告した。感染対策委員会は大変細やかな対応をしてくれたので非常に有り難かった。
②については、当院は以前から治験に積極的で、多くの参加実績があるが、向精神薬以外の治験経験は全くなかった。このため慎重論も出たが、「これは戦争だ。戦争には武器が必要だ」と説き、大学や先輩から多大なるご指導を仰いで参加可能となった。
③については、とりわけデリケートな問題でもあり、個人的に声をかけるしかないと思っていた。しかし、アンケート結果では多くの職員が積極的に参加を考えてくれていて、自身の事より万が一の場合に残された家族を心配する記載が多数あった。私は会議でこれらを目にした時、不覚にも涙がこぼれそうになった。
そしてそれ以降、その時の胸に迫る思いが、新型コロナウイルスに対峙するうえで私を支え、揺らぐことのない圧倒的な自信を生みだす原動力にもなった。それゆえ、私は持ちうる全ての力を尽くし、幾多の難局を乗り越え、この戦いにきっと勝利してみせると強く決意するに至ったのである。
丹沢病院 院長 関口 剛
神奈川県医師会 勤務医部会報 2021.3 No.21 掲載分より引用